堺雅人さんのコスプレものまね芸人ウェルダン穂積の「ポケットの中の闘争」

by堺雅人さんのコスプレものまね芸人ウェルダン穂積~ポケットの中と呼ばれてもいい、僕は自由のための闘争をする~(*‘∀‘)

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明日、ママがいない衝撃の演説!「これが言いたかったのか」 #ntv


ついに、ついに、なのか、このドラマが言いたかった核心を

理解した気がする。

 

正直最近はつまらなかった。

だが、この6話はすごかった。

 

さらにネットなどではクレームを付けられたことへの反論なのではないか?とまで

話題になっている。

 

いや、それでいいんだ。反論でいいんだ。

それでなくてはなにも解決はしない。

 

確実に反論であるというセリフの証拠というかフレーズがある、それが

「悲しいことは現実で実際に起きているんだ」

 

という実際に起きているということを当事者である設定の彼女らに言うこと。

実際という言葉はいらないから、これはフィクションであることを超えている。

 

大事なのは反論なのかとかそんなことじゃない。

三上博史の演説を真摯に受け止めるかどうかだ。

 

端的にまとめるとこうだ。

心にクッションを持て、

それがないと話し合いもできない。

臭いものに蓋をして、

お前たちは実際に被害を蒙ったわけでもないものに対して

否定的なレッテルを貼る。

お前たちは本当に不幸か?

両親がいたっていつもいがみ合いばかりして氷のような世界に生きている子供もいる。

 

心にクッションを持て、

大人は価値観が固定してしまうから仕方がないかもしれない、だが

お前たちは子供だ、まだ間に合う。

 

お前たちは傷つけられたんじゃない!

磨かれたんだ。

・・・・・

 

この長いセリフ、三回も見てしまった。

これはいい台詞だ。いい概念だ。

 

結局このドラマが批判に晒されて、それ自体はいいと思し

ひとつの権利だと思うが、

大騒動になり、一方的な反省しか許さなかった着地は納得いかない。

もしかすると僕の勘違いかもしれないし、実際はそんなことはないのだろう。

だけどその責任と行方の所在、本当に丁寧だっただろうか?

 

もしも世の中に悲しいことが起きる原因があるならば、その根幹にある人の

本当の真実が大事なのではないだろうか。

 

僕は強く、そう思った。

このドラマはどんな結末を迎えるのだろう・・・・。

 

新宿そっくり館キサラ、今月残りは

3月は24日(月)です。

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「愛や夢」を大切に思うこと。

日本のサブカルチャーが熱病から醒めたドン・キホーテのように虚しいニ
ヒリズムに覆われないためにリアルに打ち勝たなければいけない。
無数の解釈から、ひとつの願いを語る勝手を少しだけ許していただきたい。(「たかがアキバ、されど秋葉原」より抜粋)